2026年10月の横浜市長選挙で初当選した原沢敦美(はらさわ・あつみ)さん。
テレビや選挙活動中の写真を見て、「身長が高そうだけど何cmあるの?」「若い頃はミス横浜だったって本当?」と気になった人も多いのではないでしょうか。
原沢さんの身長は公式には公表されていません。
ただ、身長180cm・185cmの男性議員と並んだ写真を見ると、160cm~165cmほどではないかと感じます。
この記事では、
- 原沢敦美さんの身長について
- 若い頃のミス横浜時代の写真
- 航空整備士から弁護士、横浜市長になるまでの経歴
について、公開情報をもとに詳しく見ていきます。
原沢敦美の身長は何cm?
原沢敦美さんをTVでも拝見すると、
スラっとした感じの方だなって思いますよね。
気になって身長を調べて見ても、
2026年10月22日時点で公式な数値が確認できていません。
一方、選挙活動中には男性議員と並んだ写真もいくつかあり、おおよその身長を考える手がかりになりそうです。
公式プロフィールに身長の記載はある?
まずは原沢さんの公式情報をみてみると、
選挙ドットコムのプロフィールには、身長に関する記載は見つかりません。
公表されている基本情報はこちらです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 原沢敦美(原澤敦美・原沢あつみ) |
| 年齢 | 1967年生まれ 59歳(2026年10月時点) |
| 出生地 | 東京都大田区生まれ。神奈川県横浜市育ち |
| 学歴 | 慶應義塾大学大学院、早稲田大学法科大学院修了 |
| 主な職歴 | 航空整備士、弁護士 |
| 現在の職業 | 横浜市長 |
| 身長 | 公表なし |
新聞などの人物紹介でも、
学歴やこれまでの経歴は詳しく取り上げられていますが、身長については触れられていません。
また芸能人ではありませんので、
政治家の方のプロフィールに身長が載っている方が珍しいと思います。
(高市首相も特に公表されてませんし。横浜・神奈川で思い出す小泉進次郎防衛大臣の身長も特に公表されてません)
ただ、原沢さんは立ち姿が印象的なので、
実際にどれくらいの身長なのか気になる方も多そうです。
160cm説や背が高いという声を調査
原沢さんの身長が160cmくらいなのかも気になって調べてみましたが、本人が身長を公表した情報は見つかりませんでした。
では、男性議員と並んだ写真からは、どのくらいの身長に見えるのか見てみると、今回、参考になりそうなお写真がありますね。
| 比較相手 | 公表身長 | 写真から受ける印象 |
|---|---|---|
| 三浦のぶひろ参議院議員 | 180cm | 15〜20cmほどの身長差がありそう |
| 三谷英弘衆議院議員 | 185cm | 20〜25cmほどの身長差がありそう |
まず、三浦のぶひろ参議院議員との写真です。

三浦議員は、本人の公式プロフィールで身長180cmと公表しています。
力強く並んだお二人の姿を見ると、
三浦議員の方が背は高いものの、原沢さんもかなりすらっとしてますよね!
原沢さんは少し前かがみになってますが、15cm~20cmぐらいは差がありそうに見えます。
となると、160cm~165cmぐらいとなるでしょうか。
また、もう1人、参考になるのが三谷英弘衆議院議員です。
三谷議員は本人の公式サイトで、身長が185cmあることを公表しています。

原沢さんと三谷議員のツーショットでは、
三谷議員の方が頭の位置はかなり高く見えます。20~25cmは離れてそうですよね。
2枚の写真を見比べた私の予想は、160〜165cmぐらいです。
もちろん、靴の高さや立ち位置、撮影角度によって見え方は変わります。特に足元が写っていない写真では、どんな靴を履いているかも気になるところですね。
原沢敦美の若い頃はミス横浜だった!
原沢敦美さんは、1989年にミス横浜として活動していました。
これはネット上の噂ではなく、
本人のインタビューや新聞報道でも確認できる経歴です。
(言われてみると、やっぱりな、みたいな感じ、しますよね)
1989年にミス横浜に選ばれた経歴と当時の活動
原沢さんがミス横浜を務めたのは、慶應義塾大学に通っていた1989年。
2026年9月18日公開の選挙ドットコムのインタビューでは、本人が大学4年生のときだったと振り返っています。
当時は21〜22歳でした。
1989年といえば、横浜市制100周年の記念の年。横浜博覧会が開催され、横浜ベイブリッジも開通するなど、街が大きく変わっていった時期です。
原沢さんはミス横浜として、市内外に横浜の魅力を伝える活動に携わっていたようですね。
1989年9月に開通した横浜ベイブリッジの開通式にも出席したことが、朝日新聞で報じられています。
ここで気になるのが、
ミス横浜に選ばれた当時の資料に身長が載っていないのかということ。
昔のミスコンテストなら、
身長やスリーサイズを記載したプロフィールが残っていそうな気もしますよね。
そこで1989年当時の情報も調べましたが、身長を確認できる募集要項や選考資料、出場者プロフィールは見つかりませんでした。
当時のミス横浜に身長の応募条件があったかどうかも不明です。
残念ながら、ミス横浜に選ばれたという経歴から、身長の数値を絞り込むことはできませんでした。
ちなみに原沢さんは、当時の活動を通じて、横浜の歴史やまちづくりについても学んだそうです。現在の街並みが、何十年も前からの都市計画によって形づくられてきたことを知り、驚いたと振り返っています。
ミス横浜としての経験は、
華やかなイベントへの参加だけでなく、地元を深く知る機会にもなっていたんですね。
ミス横浜時代の写真はどこで見られる?
原沢さんの若い頃の写真は、本人の公式サイトで見ることができます。

写真に写っているのは、
ミス横浜のたすきを掛け、帽子と白い手袋を身につけた原沢さんです。(右側)
バイクのサイドカーに座った姿で、
「1989 ベイブリッジ開通」という説明も添えられています。
今とはまた違う、若々しい姿が印象的ですね。
さらに、1992年に日本航空へ入社した頃の写真も紹介されています。こちらはヘルメットと作業着を身につけた姿。
ミス横浜として活動していた頃とは、雰囲気ががらりと変わっています。
わずか数年で、横浜のPR活動から航空機の整備という専門的な仕事へ進んでいたんですね。
原沢敦美の若い頃から現在までの経歴は?
原沢さんはミス横浜として活動した後、日本航空の整備士になり、さらに弁護士へと転身しています。
理工系の専門職から法律の世界へ進んだことも、経歴の大きな特徴です。
慶應義塾大学からJALの航空整備士へ
原沢さんは、桜蔭中学校・高等学校を経て、慶應義塾大学理工学部応用化学科に進学。その後、慶應義塾大学大学院理工学研究科を修了しています。
航空整備士を目指したきっかけには、大学時代のトライアスロン経験が関係しているそうです。
大学2年生の頃、宮古島のトライアスロン大会に参加するため、初めて飛行機に乗ったという原沢さん。飛行機が離陸する瞬間に感動し、航空業界への興味が芽生えたと語っています。
さらに、トライアスロンのコーチが航空整備士だったことも、進路を考えるきっかけになったそうです。
そして1992年、日本航空に入社しました。
整備部門で経験を積み、女性として日本で2人目となる一等航空整備士の資格を取得しています。
本人のインタビューによると、
当時の航空整備の現場は男性が多く、女性が働くのは珍しかったそうです。
ミス横浜という華やかな経歴がありながら、
その後は航空機の安全を支える技術職として働いていたというのも、意外な一面ですよね。
弁護士に転身し横浜市長に初当選するまで
原沢さんは2004年に日本航空を退職し、早稲田大学法科大学院で法律を学びました。
そして2009年には弁護士登録。
その後は企業法務やコンプライアンスなどに携わり、川崎汽船や東横インの社外取締役、ローソン銀行の社外監査役などを務めています。
予備自衛官としての活動経験もあるそうです。
これまでの主な経歴を時系列で整理すると、次のとおりです。
| 年・時期 | 主な経歴 |
|---|---|
| 1967年 | 東京都大田区に生まれる |
| 学生時代 | 桜蔭中学校・高校、慶應義塾大学へ進学 |
| 1989年 | ミス横浜として活動 |
| 1992年 | 日本航空に入社 |
| 2004年 | 日本航空を退職 |
| 2009年 | 弁護士登録 |
| その後 | 企業の社外取締役・監査役などを歴任 |
| 2026年10月18日 | 横浜市長選挙で初当選 |
2026年10月18日の横浜市長選挙では、55万2,207票を獲得して初当選しました。
1989年にミス横浜として街の魅力を発信していた原沢さんが、37年後には横浜市長になったことになります。
ミス横浜、航空整備士、弁護士、そして横浜市長。
こうして並べてみると、それぞれずいぶん違う分野ですよね。
本人はインタビューで、航空整備士としてトラブルの原因を分析する仕事と、弁護士として問題の争点を整理する仕事には、共通する考え方があると語っています。
一見するとつながりのなさそうな経歴にも、ご本人的には一貫した仕事への向き合い方となるようです。
まとめ
原沢敦美さんの身長、
若い頃のミス横浜時代、これまでの経歴について調べました。
- 原沢敦美さんの身長は公式には公表されていない
- 身長180cmの三浦のぶひろ議員、185cmの三谷英弘議員と並んだ写真から、160cm~165cmと推測
- 1989年にミス横浜として活動しており、当時の写真は本人の公式サイトに掲載されている
- 日本航空の整備士から弁護士へ転身し、2026年10月には横浜市長に初当選した
ミス横浜から航空整備士、弁護士、そして横浜市長へ。原沢さんの歩みは、知れば知るほど興味深いですね。



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